1210日の19時から2055分までBSフジのサタデースペシャルとして『名歌復活!~弾き語り 昭和のメロディー』が放送される。


 弦哲也、杉本眞人、岡千秋という当代の演歌・歌謡曲界を代表する3人のヒットメーカーが自作を歌うと共に、芸能界の生き字引として知られる音楽評論家・小西良太郎氏とタレントの松本明子を相手に、自らの足跡やヒット曲誕生の陰のエピソードなどを語る内容。
 

 3人をよく知る小西氏がホスト役を務める時点で、濃い話が聞けるであろうことは予測できるが、共に名人の域にいる4人とあり、例えば軽く交わしているような言葉でも、その奥の深さは、演歌の詞の味わい深さにも通じるもの。しかもゲスト歌手として出演している島津悦子、あさみちゆき、椎名佐千子もまた演歌・歌謡曲の分野で実績を重ね、評価を高めてきた歌い手たち。出演する全員が、歌への敬意を抱きながら、歌い、語る様子は、密度が高く、大いに見応え聴き応えがある。
 

 こうした番組を企画し、キャスティングプロデューサーを務めたのは、ミュージックソムリエ協会顧問の築波修二。

 番組は、長く歌謡界で活動を続けてきた彼の、歌への深い愛情と高いプロ意識によって作られた。それは例えば、全15曲中9曲がフルコーラスという稀有な構成にも表れている。

 「通常、テレビの歌番組ではテレビサイズと言って2コーラスや1ハーフに短縮して歌われる。しかし、それは映画なら3分の2や半分にされてしまうようなもの。これはおかしいとずっと思ってきたので、今回は本来あるべきフルコーラスという形にもこだわりました」と築波。歌を大切に扱い、その魅力を十分に視聴者へ届けるため、丁寧な番組作りをする。活字にしてしまえば当然のことながら、実現されにくい基本姿勢にも築波はこだわった。
 

 そして、その意識が出演者に届いているからこそ、弦の、杉本の、岡の歌が素晴らしい。それぞれに歌い手としての活動歴があり、豊かな個性や歌唱力の持ち主として知られる3人だけに、それは当たり前とも言えるが、自分が作った曲を、自らピアノやギターを弾きながらテレビで披露するという機会を得て、内には燃えるものがあったに違いない。番組名に「名歌復活」とあるように、石原裕次郎やちあきなみの楽曲のように、本人の歌では聴けなくなってしまった作品が、作曲者の歌声によって再び命を吹きこまれたことも、この番組の魅力だ。
 

 収録は全曲1テイク。最初からやり直しを必要としない気構えで臨んだ、3人とゲストの女性歌手たちのプロ意識は痛快とも言える。

  ここでスタジオの歌い手から伝わってくる緊張感こそは、プロの一つの証であり、歌番組の醍醐味ではなかったか。いつの間にかテレビではゴールデンタイムに素人がカラオケで歌う番組も流れるようになり、プロとアマの差が不明瞭になった。「歌はみんなのもの」という考え方は間違っていないが、プロとアマの間には画然とした差がある。あって然るべきであり、それはなければならないものでもあるのだが、近年の温い歌謡界で、そうしたこだわりに触れることは多くない。

 そして、その多くはない意識を敢えて注いで作られたのが、この番組だとも言えるだろう。
 

 「長良川艶歌」「天城越え」「紅い花」とそれぞれの代表曲で始まると、間に先頃文化勲章を受章した3人にとっての作曲家としての大先輩・船村徹氏の作品を挟んで進行するが、15曲の中には例えば金田たつえの「おまえさん」のような、知る人ぞ知る歌も含まれている。これは築波のリクエストで加えられたもの。フルコーラスというサイズにも選曲にも強いこだわりがあるのだが、こだわりはともすればわがままとも取られかねない。しかし、そうさせていないのは築波の演歌・歌謡曲ファンとしての意識の高さゆえだろう。その求めるもの、望むものが真髄を突き、多くのファンの声を代弁するものであれば、賛同は得ても批判されるはずはない。
 

 トーク、歌ともに内容が濃く、落ち着いてじっくりと聴ける番組作り。先の築波の言葉にあったテレビサイズが、進行を早めるためのファストフード的な手段であるとすれば、この番組は懐石料理かフルコース。余韻まで楽しめるグルメも満足の構成だ。
 

 この企画を築波は10年前から温めていたと言う。当時、実現していたとしても相応の評価を得たと思えるが、歌謡界や放送業界におけるプロ意識が曖昧になっている今、こうして放送されることで、何かに気付き啓発される人々が少なくないことを願う。築波自身、この番組にはアンチテーゼの意味もあると話す。近年はテレビ離れ、音楽離れなどの話題を見聞きすることも多いが、それが時代の流れだと割り切ってしまう前に、もう一度考えてみるべき大切なものがあることを、この番組は味わい深い歌やメロディーで知らせているような気がする。
 
(文・永井 淳)